三日月の夜に 愛に恋

月語りと好き語りでお月愛

続・月子の家の話


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3月末に終了したドラマ「俺の家の話」観ていましたか?俳優長瀬智也の最期の作品に相応しく素晴らしいドラマでしたよね。笑いながら泣いて、泣きながらいっぱい笑わせて貰いました。


「長瀬演じるピークを過ぎたプロレスラー・観山寿一が、西田演じる能楽人間国宝である父の介護のために現役を引退し、名家の長男として介護問題や遺産相続バトルに巻き込まれていく様子を描く異色のホームドラマ」(TBSより)




クドカンドラマですし、最期の最後まで予想を裏切る展開でしたが、ドラマが始まった時から一貫していたのは、親の介護問題の他に結局これが言いたかったのね…ということでした。




ー子どもはいつだって親に褒めてもらいたいー




これから先の私自身に起こりそうな予感しかない、私と妹弟を巻き込む親の介護に関する様々な問題を、ドラマの内容とちょっぴり絡めて書いたのが、先日のリアル「月子の家の話」です。ドラマを観ていた方には、私の母に何が起こったのかを察して貰えたかと思っています。あ、私の親は凡人ですし、遺産相続バトルも起こりませんが。笑



これが、私の家の話だ。





介護問題は、ある日突然に起こります。まさに青天の霹靂です。それは、父が倒れた時に実感しました。残された家族は、その翌日から、いや、その瞬間に突然と介護する側の人になるのです。




直ぐにはその現実を受け入れる事など出来ないのですが、状況は変わります。親がそうなった場合は、嫌でも否応なしに子どもが対応しなくてはなりません。あぁこれが夢だったらなぁ…と思うのですが、そうはいきません。現実とは酷なものです。厳しいーのです。




突然と脳梗塞になった父とは違い、私の母の様に何かしらの決定的な出来事が無くとも、少しずつ変化をきたし、ある日突然ふっと「何かが違う」と感じた日からそれは始まるのです。




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二十一歳で私を産んだ母は、子どもの私から見ても若くて綺麗な人でした。友達にはいつも羨ましがられましたし、参観日や家庭訪問の後には先生達にも母のことを話題にされました。




ーつきこは、お母さんほど綺麗にはなれないよー



多感な中学生の私に、こんな事を言い放った女の先生までいましたっけ。だからでしょうか。いつだって母は、私よりずっと上にいる人でした。私が絶対に超えることの出来ない人、と言う意味です。



初めての子どもだった私がとても育てにくい子だった事や、ずっと男の子が欲しかったと言う事も小さい頃から聞かされていました。それに関しては、妹はもっと傷ついていたかもしれません。



ですが、妹は私よりは甘え上手でした。私は、素直じゃない性格に加え、捻くれたところがありました。私が何か出来ても当然の様に言われるようにので拗ねていたのかもしれません。



足が速くても、テストで良い点数が取れても、成績がトップになっても、何かで賞を貰えても、それは当たり前のこと。寧ろ出来ない部分を鋭く指摘されることが多かったのです。




私の中でのそれは、決して当たり前ではなく、頑張って努力した結果。やりたくない勉強をして、好きでもない部活を頑張っての結果でしたから、当たり前と思われるのは実はとても悲しかったのです。まさか、そんな事を母に言える訳は無かったですが。




そうこうして、記憶の中での私は母に褒められる事なく大きくなりました。誰かに何かを褒められるのがとても苦手になりました。だから、夫と結婚して夫の母に褒められるようになり、随分と驚きました。




つきこちゃん、凄いわ。
つきこちゃん、偉いわ。



とても恥ずかしいし、社交辞令とわかってはいても、嬉しかったです。ある日のこと。次男がまだ生まれたばかりの新居に義母がやってきたときに、私にこう言いました。



つきこちゃん。こんなに家を綺麗にしてて凄く偉いけど、無理して家を綺麗にしなくてもいいのよ。家なんて片付けなくても、子どもは死なないんだから。笑



私は驚きました。母が来る前には、家中の掃除をするのは当たり前だと思っていたからです。だって、私の母はと言うと、家の隅に溜まっている綿埃を指摘し、こんなに汚れて可哀想にと言いながら観葉植物の葉っぱを拭く様な人でしたから。もしかすると埃で子どもが死んでしまう、と本気で考えていたのかもしれません。笑




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ワンオペ育児に疲れ果て、母に愚痴を聞いてもらっていた時のことです。母は私に言いました。



つきちゃんが大変なのは、それはあんたの子どもなんだから仕方がないでしょ。○○ちゃん(妹)のこと考えなさいよ。双子で、しかも障がいがあって、つきちゃんなんかよりずっとずっと大変なんだから。○○ちゃんは、本当によく頑張ってるよ。偉いよね。



本当に母の言う通りです。妹に比べたら私の育児の悩みなんて足元にも及びません。それこそ、屁みたいなものです。ですが、そこは比べて欲しくなかったのです。私は、私なりに頑張っていたのです。私だって、頑張っていたのですから。私は、母に褒めて欲しかったのではありません。ただ、こんな私でも頑張ってることを認めて欲しかっただけなのです。私は電話を切った後、少しだけ泣きました。




🌖🌖🌖




ある時、育児サークルで「コーチング」について学ぶ機会がありました。のっけから、私はその講師の話に拒否反応を覚えました。子どもだって親だって一人一人違うのに、この様な時にはこう対応しましょうなんて決めつけて、なんだか凄く嫌だと思いました。何のワークかは忘れてしまいましたが、最後に一言自分が親に一番言って欲しかった言葉を白い紙に書くと言う、お題が出ました。




自分で書いた言葉を、自分で声に出して読んだ時、私は理解しました。ずっと自分の中にあったもやもやしたものが何かわかったのです。




つきちゃんは、偉いよ。凄く頑張ってるよ。




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若くて綺麗でユーモアがあって、そして誰よりも強かった母は、今では年老いて小さく弱々しいおばあさんになってしまいました。思うように言葉が出なくなり、数年前に出来ていた事が出来なくなっていたり、その事すら忘れてしまっているのです。




その原因がわかった今、私や妹弟子ども達に出来ることは、母が少しでも長く穏やかに今の暮らしを続けられる様に支援することです。




先月、母と少し長く過ごした時に、それまでとは変わってしまった事やこれから起こるかもしれない注意事項を事細かく妹と弟に伝えましたが、彼らの反応は私が考えている事とは全然違いました。




まるで、私が母の粗を探しているような気持ちになりました。職業柄もあるでしょう。些細な症状が異常の早期発見になり、それが症状を進行させないことにも繋がると思う私とは違い、当たり障りのない対応をしていこうと二人に言われました。私だけが、母に意地悪をしてるみたいに思えました。そして、医師や看護師との対応は、長女である私がやるべき事と考えてるようです。




いいんです。長瀬演じる長男寿一も言っていたように、長女である私ができることはやりますよ。だって、それは、そう言うもんだから、です。




だけどね、変わりつつある母を、心の底から優しく見守ることは出来ない私もいるのです。私がした質問に、なかなか答えられない母に苛立ちを覚えてしまうのです。そんな事も忘れてしまったの?と、呆れてしまう私がいるのです。絶対に超えられなかった母が、なぜこんな風になってしまったの?と、こんなに歳を取ってしまったの?と、どうしてなの?と腹立たしく思うのです。




遠い昔に母が私に言いました。そんな事もわからないの?そんな簡単な問題を間違ったの?と。いろんな事が出来なくなってる母を前に、思わず私の口からそんな言葉が出そうになるのです。




母はきっと、私が知らないところで、私の事を誰かに褒めていたのかもしれません。心の中で褒めてくれていたかもしれません。私だけが知らなかっただけかもしれません。




これから先、母にどんな支援が必要になるかは今はまだわかりませんが、私は自分に出来ることは何だってやろうと思っています。それは本心です。




だって、私が今ここにいられるのは、母が私を産んでくれたから。だけど、こう思わずにもいられないのです。もしかすると、もっと優しく母を受け入れることが出来たかもしれないし、ここまで辛くは無かったと思うのです。あの日、あの時、貴女にこう言ってもらえてたらと思わずにはいられないのです。







つきちゃんは、偉いよ。凄く頑張ってるよ。






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これも、リアル月子の家の話です。